かっちゃんの日記

 -見て、聴いて、楽しかったこと、嬉しかったことの覚え書きです

2017年12月 国立劇場 文楽公演|ひらかな盛衰記

国立劇場 平成二十九年十二月文楽公演(12月7日~19日)

・ひらかな盛衰記(ひらがなせいすいき)
 義仲館の段〈約31分〉
 大津宿屋の段〈約31分〉
 笹引の段〈約33分〉※終了後、休憩25分
 松右衛門内の段〈約75分〉
 逆櫓の段〈約32分〉

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国立劇場の案内ちらしをお借りしました
 左・右ともに「ひらかな盛衰記」逆櫓の段(撮影:青木信二)


仕事も始まり、2018年も通常モードとなりました。昨年末に国立劇場 12月文楽公演「ひらかな盛衰記」に行ってきたのですが、覚え書きができていなかったので、まずはここからスタートです。何事も遅すぎることはないということで、できるようになったならすぐやろう!

■あらすじ
<義仲館の段>
舞台は京都の木曾義仲の館。山吹御前、息子の駒若君、腰元のお筆の元に、顔色の優れない義仲が戻ってきます。また続いて巴御前も駆け付け、鎌倉方の源頼朝に攻め入れられて、宇治の戦いで味方が敗軍したことを報告します。義仲は「今こそ木曾が最後の門出、巴来たれ」と告げ、山吹御前と駒若君をお筆に託して戦場へ向かいます。(その後、粟津の戦場で義仲は討たれてしまいます)

<大津宿屋の段>
舞台は、大津の宿屋清水屋。二組の家族が隣同士の部屋に宿泊しています。一組は京都から木曾へ向かう、山吹御前、駒若君、お筆、その父である鎌田隼人の一行。もう一組は、摂津国福島の船頭である権四郎、その娘のおよし、およしと前夫の息子の槌松の一行です。権四郎らは亡くなったおよしの前夫を弔う順礼中でした。

そんな中、年の近い駒若君と槌松が夜中に部屋を抜け出します。二人で遊んでいるうちに行燈の灯がばったり消えて泣き出したところに、山吹御前の一行を追ってきた番場忠太が現れ、その騒動で子供が入れ違ってしまいます。

<笹引の段>
お筆は駒若君(のつもり)を片手に抱いて、山吹御前の手を引き宿屋から逃れますが、一緒に逃げた父の隼人は追手に討たれてしまいます。そしてお筆が敵を追っていた隙に、山吹御前の訴えもむなしく、駒若君(と思っていた)は番場忠太に首をはねられてしまいます。戻ったお筆は仰天して悲しみますが、亡骸が身に着けていた笈摺から駒若君ではないこと、宿屋で入れ違ってしまったことに気づきます。駒若君はどこかで生きているとわかったものの、身の弱った山吹御前は息絶えてしまいます。お筆は声の限りを泣き尽くしますが、顔を上げて「お主の仇、父の敵」を取ることを決意し、竹を切って山吹御前の亡骸をそこへ乗せて進んでいきます。

<松右衛門内の段>
舞台は、大津宿屋に泊っていた、摂津国福島の権四郎の家です。子どもが入れ違ってしまったことに気付いた権四郎とおよしでしたが、向こうも槌松にひどいことはしないだろうと考え、いずれ会える日までと駒若君を大事に育てています。
そこへおよしの現夫の松右衛門が帰ってきました。権四郎の指導を受けた船頭の腕を見込まれ、梶原景時源頼朝の家臣)から船を前後左右に動かす逆櫓(さかろ)を他の船頭たちに指導する命を受けたことを嬉しそうに話し、権四郎もおよしも喜びます。

そんな中、お筆が笈摺に書かれていた「摂州福島松右衛門子、槌松」を頼りに権四郎の家にたどり着きました。権四郎とおよしが槌松が戻ってきたと喜んだのも束の間、お筆は槌松を死なせてしまったことを詫び、駒若君を戻してほしいと頼みます。権四郎は怒って、いつか槌松に会えると信じて駒若君を大切に育てていたのにと、駒若君を討ちにいこうとしますが、そこへ松右衛門が駒若君を小脇に抱えて現れます。そして松右衛門は、自分は義仲の家臣である樋口次郎兼光であること告げます。義仲の仇をとるために、権四郎の家に入り婿して逆櫓の技術を学び、梶原に、源に近づく計画だったのです。そして自分の義理の息子である槌松が、駒若君の身代わりになり忠義を立てたのは武士にとって嬉しいことで、自分がこの家の一員となったことの定めと思って諦めてほしい。駒若君の先途を見届けて、自分の武士道を立てさせてほしいと頼みます。権四郎は了承し、お筆は駒若君を連れて去っていきます。権四郎、およし、松右衛門は、笈摺を仏前に供え、涙ながらに槌松の回向をするのでした。

<逆櫓の段>
松右衛門による逆櫓の指導が始まりましたが、指導の途中で船頭たちが、松右衛門に遅いかかります。松右衛門が義仲の家臣である樋口次郎兼光であることを見抜いていた梶原景時の策略だったのです。船頭たちは松右衛門に倒されますが、その時に鐘太鼓の音が響き、松右衛門は自分が包囲されていることに気づきます。そこへ権四郎が畠山庄司重忠を案内して姿を見せます。権四郎は樋口(松右衛門)のことを訴え出た代わりに、樋口とは血のつながらない槌松の命を助けてほしいと頼みます(=駒若君の命を助ける)樋口は喜んで重忠の縄にかかり、権四郎の舟歌に見送られていくのでした。


おおっ、あらすじが長くなってしまいました。
今回特に印象に残っているのは、腰元のお筆で、私が行った日のお筆は吉田勘彌さんが遣われていました。山吹御前と駒若君を守る凛とした姿や、山吹御前の亡骸を竹で運ぶときのやるせなくも何かを決意している姿に引き込まれました。「辺りに繁る竹切って、舁(か)き上げ乗する笹の葉は、亡き魂(たま)送る輿車(こしぐるま)。轅(ながえ)も細き千尋の竹。肩に打ちかけ引く足もしどろもどろに定めなき。淵瀬と変はる世の憂きを身一つに降る涙の雨の、小止めみもやらで道野辺の草葉も浸す袖袂。泣く泣く辿り」

また逆櫓の段では、豊竹睦太夫さんと鶴澤清志郎さんが熱演され、権四郎が最後に取った行動と「極楽へやる救世の舟歌」を唄う最後の場面でぐっときました。権四郎を遣われたのは吉田玉也さんです。権四郎の義理人情の厚さ、孫を可愛いと思う気持ち、状況に対処しようとする心の揺れや葛藤がそんな風に感じさせるのかなと思いました。

今回も良いものを聴かせていただき、見せていただきありがとうございました。今年もたくさん見に行けるように頑張って働くぞ。おーっ。


<公式サイトへのリンク>
国立劇場 2017年12月文楽公演

2017年12月『夜廻り猫』のクリスマス 〜深谷かほる作品展〜|日本橋三越本店

◆『夜廻り猫』のクリスマス 〜深谷かほる作品展〜
 2017年11月22日〜12月5日
 日本橋三越本店 本館7階 はじまりのカフェ GATE A・B/カフェスペース

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日本橋三越本店 本館正面玄関のライオン像と『夜廻り猫』御一行さま

 

それほどたくさんの漫画を知らない私ですが、深谷かほるさんの『夜廻り猫』が大好きで、ときどきしみじみと読み返しています。この漫画を読むと、自分に無理をするということではなく、でも口角をキュッと上げて、機嫌よく、もちょっと頑張ってみよかなと思えるのです。

今回の日本橋三越本店での作品展は、仕切られた部屋ではなくて、オープンなカフェの中とその周りに、クリスマスをイメージしたさまざまな作品が展示されていました。期間中、深谷さんが会場に出向いて制作しておられた大きな絵、くすっと楽しいオーナメントが飾られたクリスマスツリー、クリスマスケーキのオブジェ(なぜかてっぺんにサンマが乗っている!)を『夜廻り猫』に登場する猫たちがモチーフとなった陶器のお皿が囲むテーブルセッティング。「来てくれてありがとう」のウェルカムボード、スタンプが2種類(手帳に押しました!)、自由に持ち帰りができる夜廻り新聞など、訪れた人が目一杯楽しめるようにという気持ちがあふれ出ていて、とても穏やかな空気に包まれた作品展でした。にっこり。

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深谷さんが期間中に制作しておられた絵をクリスマスツリーの間から見たところです。
12月3日の訪問時の写真ですが、最終日まで更に描き進められたそうです。

 

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『夜廻り猫』のクリスマスのテーブルセッティング。楽しい!


<公式サイトへのリンク>
『夜廻り猫』のクリスマス 〜深谷かほる作品展〜(日本橋三越本店)

 

2017年11月 国立能楽堂 企画公演|薩摩守・紅葉狩

国立能楽堂 十一月 企画公演(2017年11月30日)
狂言大蔵流】|薩摩守(約30分)
・実演解説 装束付け 山階彌右衛門(約25分)※終了後、休憩20分
・能【金剛流】|紅葉狩  鬼揃(約80分)

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国立能楽堂の案内ちらしをお借りしました。
(左)企画公演ちらし、(右)縹地朝鮮錦単法被(江戸時代・十八世紀・国立能楽堂蔵)

 

しばらくぶりに国立能楽堂へ行ってきました。門のところで守衛さんと「こんにちは」と挨拶を交わすのも久しぶりで嬉しや。今回は「働く貴方に贈る」と題された平日の19時スタートの企画公演です。会社からダッシュで駆け込みました。狂言と能の間に能の装束付けの実演解説も組み込まれていて、こちらも楽しみにしていました。

薩摩守
まずは狂言薩摩守です。出家(僧)が大阪の住吉や天王寺に参詣する途中に、茶屋に立ち寄って喉を潤すのですが、お茶のお代を払わずに立ち去ろうとします。茶屋の主人が呼び止めると出家はお金は持っていないと答えます。気の毒に思った主人はお茶のお代をただにしてくれた上に、川を渡るときの指南をしてくれます。それは船頭は秀句(しゃれ)が好きなので、船賃がないなら秀句で応酬すればよいというものでした。平家物語に登場する「薩摩守忠度(さつまのかみ ただのり)に引っ掛けて、「船賃は薩摩守」という振りの秀句と、その心である「忠度(船に”ただ乗り”とかけている)」を教えました。出家は教えられた通りに船頭に秀句を振ったところ、船頭は機嫌を良くしますが、出家はうっかりその心を忘れてしまいます。わくわくしながら答えを待つ船頭に問われてしどろもどろで面白くない回答をしてしまうというお話です。最後のセリフが出家の面白くない答えなので、なんだかシュルシュルと尻すぼみであっけない感じで終わってしまうのですが、この時代の出家は気楽な稼業だったのかしらというくらいシテの出家(大蔵基誠さん)の終始何事にも動じない笑顔が可笑しかったです。

■実演解説 装束付け
続いて山階彌右衛門さん(シテ方観世流)による能の装束付けの実演解説です。摺箔(すりはく)、袴、唐織と、それぞれの装束と着付けの方法を1つ1つ説明してくださいます。胸元から見える摺箔は、金や銀の箔で模様を付けたもので、暗い能舞台で能面を明るく見せる効果があること、女性の着付けの裾(すそ)の部分は、最後を少し上げるように縫いつけて形をほっそりさせることで女性らしく見せていること、装束の色や柄でその役柄の階級が理解できることなど、初めて知ることやなるほどと思うことがたくさんありました。(また山階さんのお話が楽しい!)これから能を見るときにより楽しむことができそうですし、もっと詳しく知りたいとも思いました。まずは図書館に行こうかな!

■紅葉狩
最後のお能は紅葉狩です。舞台となるのは信濃の国戸隠山。紅葉狩を楽しむ女と侍女たちの近くを、平維茂の一行が通りかかります。維茂は女から酒宴に誘われ、酒を飲み女たちの舞いを楽しんでいるうちに眠ってしまったところ、女たちは姿を消します。その時、維茂の夢の中に八幡神に仕える武内の神が現れます。女たちが戸隠山の鬼であることを伝え、太刀を授けて目を覚ますようにと告げます。維茂が目を覚ますと女たちが鬼の姿で現れました。維茂は襲い掛かる鬼たちを武内の神から授けられた太刀で応酬し見事に退治します。
「維茂少しも騒ぎ給はず、南無や八幡大菩薩と、心に念じ、剣を抜いて、待ちかけ給へば、微塵に為さんと、飛んで懸かるを、飛び違ひむずと組み鬼神の真ん中刺し通す所を頭を掴んで上がらんとするを、切り払ひ給へば剣に恐れて巌へ登るを、引き下ろし刺し通し忽ち鬼神を従へ給ふ、威勢の程こそ恐ろしけれ」

いや~、圧倒されました。終わってからもしばらくぼーっとしていました。
〇 〇 〇
  〇 〇
  〇

この絵はなんやねんて感じですが、鬼の姿になる前の女1人(一番前)と侍女5人(二列目・三列目)がこういうフォーメーションで、じわじわ前に歩み寄りながら舞う場面があるのです。ものすごく威圧感があってぞくぞくしました。後半で女たちが鬼の姿になったときよりずっと怖かったです。
通常の上演では、前半は女(シテ)だけが舞い、後半も鬼となって登場するのはシテ一人だけなのだそうです。今回は「鬼揃え」という小書が付いていて、前半は女とその侍女が5人が舞い(上記のフォーメーションも含む)、後半は女も侍女も全員が鬼となって登場し、舞台狭しと維茂と激しく戦います。

前半の笛と小鼓と大鼓のゆったりとした一定の調子に心地よさを感じていたので、女が維茂が寝入ったのを見つけるやいなやの(この瞬間がまた怖かった)、調子の変化に背筋がゾクっと緊張しました。

話の筋が明解で、華やかさがあって、舞や謡にぐいぐい引き込まれるので、私も含めた初心者にもわかりやすいと思いました。今回もよい体験をさせていただきありがとうございました!

<公式サイトへのリンク>
国立能楽堂 2017年11月企画公演

2017年11月 第20回記念 笹尾光彦展「花のある風景」|Bunkamura Gallery

◆第20回記念 笹尾光彦展「花のある風景」
 2017年11月18日~11月28日
 Bunkamura Gallery(東京都渋谷区)

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Bunkamura Galleryの案内リーフレットをお借りしました。
(SASAO©「Red Sofa」with The Window)

9月にえいやーと気前よく文楽に2回行ったのと、このところやや体調が低空飛行だったこともあり、10月は財力・体力温存で静かに過ごしておりました。何事もメリハリだ。

しかし、そろそろ小気味よく動いていくぞということで、笹尾光彦さんの展覧会に行ってきました。「赤の画家」とも呼ばれている笹尾さんですが、今回の展覧会も「Red Sofa」シリーズの新作をはじめ、気持ちが明るくなる絵をたくさん見せていただきました。この空間にずっといるとビタミンチャージができて健やかになりそうです。私の好きなマティスの「goldfish」が描かれた絵も見ることができて嬉しかったな~。鮮やかだけれど穏やかで、自分がどんなの状況のときも寄り添ってくれそうな気がします。

また期間中、ほぼ日のTOBICHI②とキルフェボン青山でも関連の展覧会・イベントが同時開催されていて、こちらにも行ってきました。3箇所を全て訪れてスタンプラリーを完成させると、笹尾さんのオリジナルポストカードと絵の中にもよく登場する「evian」のミニボトルをプレゼントしてくださいます。そしてポストカードの一枚には直筆サインを入れてくださっています。こ、こんな素敵なプレゼントがいただけるなんて、最近の私はそれに値するだけの頑張りをしてたかと自問自答したりなんかしつつも本当に嬉しかったです。この企画を考えてくださった皆さま、ありがとうございます!(ちなみにスタンプラリーはハンコではなくて、シールを貼っていく方式で、笹尾さんの絵にちなんだ台紙になっているのですが、これがまた楽しいのです!)

ほぼ日のTOBICHI②では、「ほぼ日ホワイトボードカレンダー2018」のために笹尾さんが描かれた数字の原画などの展示がされていました。1つの数字は、パッと見ると1つの色だけで描かれているように見えますが、じっくりと見ると幾重にも塗り重ねられて奥にさまざまな色が見え隠れしていて、楽しくて美しいけれど緊張感もあって見入ってしまいました。数字って、普段は「フォント」で目にすることが多く、あまりにも身近なのですが、誰もが知っていて、それ自体に意味があって、ひとそれぞれ思い入れのある数字もあります。「絵」としての数字を見ていると、そんな風に普段あまり考えないようなことが浮かんできたのが自分でも面白かったです。

キルフェボン青山では笹尾さんの作品「My Favorite Table」に登場するベリーのタルトとバラの垣根をモチーフにしたオリジナルタルトが販売されていました。普段、甘いものをあまり食べない私でも、キルフェボンのフルーツいっぱいのタルトは見ているだけで、きれいやな~といつも幸せな気持ちになります。その他、笹尾さんが描き下ろされたバラの花と赤い実がパッケージに使用された「丹波 焙煎黒豆ショコラ  ベリー」などのお菓子もありました。

いずれも11月28日までの展覧会・イベントで、期間は短めですが、ぜひ行ってみてください。

<公式サイトへのリンク>
・第20回記念 笹尾光彦展「花のある風景」(Bunkamura Gallery)
・笹尾光彦さん原画展&スタンプラリー (ほぼ日刊イトイ新聞)
・コラボイベント「My Favorite Table」 (キルフェボン青山)

2017年9月 国立劇場 文楽公演|生写朝顔話

国立劇場 第二〇〇回文楽公演 平成二十九年九月(9月2日~18日)

<第一部>
・生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)
 宇治川蛍狩りの段〈約32分〉
 明石浦船別れの段〈約19分〉※終了後、休憩30分
 浜松小屋の段〈約48分〉※終了後、休憩10分
 嶋田宿笑い薬の段〈約52分〉
 宿屋の段〈約46分〉
 大井川の段〈約20分〉

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国立劇場の案内ちらしをお借りしました
「生写朝顔話」(撮影:青木信二)

今月は文楽に2回行くことができました。嬉しい。また頑張って働こう。
あらすじを簡単に覚え書きします。

宇治川蛍狩りの段><明石浦船別れの段>
主人公は大内家の家臣である宮城阿曾次郎と、芸州岸戸の家老である秋月弓之助の娘、深雪です。京都の宇治川で阿曾次郎が詠んだ歌の短冊が風にのってひらりひらりと深雪のいる船に舞い込みます。(この風はいい仕事をした)二人は出会い、恋に落ちますが、急に阿曾次郎が鎌倉へ下ることになったり、深雪が家族と共に国許に戻ることになったりとすれ違いが続きます。途中、明石の浦で再会し、一緒に行こうという話になるのですが、急に風が吹き出して、お互いが乗る船は離れ離れになってしまいます。(この風はいけず)

<浜松小屋の段>
その後、深雪は阿曾次郎を追って家出をし、苦労の末、目が見えなくなり、いまは浜松の街道で三味線を弾きながら粗末な暮らをしています。そこへ、深雪を捜している乳母の浅香が通りがかり声をかけますが、深雪は落ちぶれてしまった自分を恥じて名乗り出ず、あなたが探している人は、川へ身を投げたそうですよと嘘を言って、小屋へ戻ってしまいます。浅香は嘆き悲しんで、深雪の母が亡くなったこと、位牌に顔を合わせにきてほしいと遺言されたことを一人語った後、「何か心に頷きて」木陰に姿を隠します。それを聞いた深雪はたまらず小屋から出て、「コレイノコレ浅香。今言うたは皆偽り。尋ぬる深雪はわしぢゃわいの。・・」と言ってわっと泣き出します。そこへ浅香が駆け寄って、二人は再会を果たします。しかし浅香は人買いと切り合いになり命を落としてしまいます(全体を通して、ここで浅香が切られるのがいちばん理不尽やと思いました。)

<嶋田宿笑い薬の段>
阿曾次郎は家督を継いで、駒沢次郎左衛門と名を替え、岩代多喜太とともに嶋田宿の戎屋に滞在しています。実は岩代は、お家乗っ取りを企む一味の一人で、その企みを邪魔する駒沢を亡き者にしようとしています。そして岩代の旧知である(怪しげな)医者、萩の祐仙と組んで、お茶にしびれ薬を混ぜて駒沢に飲ませようと計画します。しかし戎屋の主人である徳右衛門がそれに気づき、祐仙がしびれ薬を入れた茶釜の湯を捨てて、替わりに笑い薬を入れます。

岩代は、祐仙が点てたお茶を駒沢に勧めますが、徳右衛門は宿でお出しするものは毒見が必要だと言います。そこで祐仙がしびれ薬の解毒剤をこっそり飲んだ後に、自分の点てたお茶を飲むのですが、笑いが止まらなくなり、この計画は見事に失敗に終わります。

<宿屋の段>
部屋に戻った駒沢は、かつて自分が深雪に詠んだ朝顔の歌が衝立に書かれているのに気づきます。徳右衛門に尋ねたところ、朝顔という盲目の女(実は深雪)を知るところとなり、呼び寄せることにしました。二人は同じ場所にいるのですが、駒沢は連れの岩代の手前打ち明けられず、深雪は目が見えなくなっているため、お互いを確かめ合うことができません。その後、宿を出た駒沢が託した扇、目の薬、お金を徳右衛門から受け取った深雪は、駒沢が阿曾次郎であることに気づき動揺します。そして制止されるのも聞かずに、雨の中を駒沢を追って飛び出します。

<大井川の段>
深雪はなんとか大井川にたどり着きますが、駒沢は川の向こう岸に渡った後で、しかも雨が激しくなりもう船は出ません。絶望して川に身を投げようとする深雪を、後を追ってきた奴の関助と徳右衛門が制止します。関助は浅香が夢枕に立って、深雪の居場所を教えてくれたこと、また深雪は浅香が死ぬ時に守り刀を託されたことをお互いに話したところ、突然、徳右衛門がその守り刀で自分の腹を刺します。驚く二人に、徳右衛門は、自分がかつて深雪の父、秋月弓之助に窮地を救ってもらったこと、浅香が自分の娘であることを告げ、縁あって親と同じく秋月家に仕えることになった浅香がその忠義を果たしたことを「でかしをつたな」と称えます。そして駒沢から託された目の薬と、甲子の年の生まれである自分の血を一緒に飲むと目が治るいうと駒沢の言付けを伝え、それを飲んだ深雪の目がたちまち開き、徳右衛門の忠義に深雪が涙するところで話は終わります。(その後、駒沢と深雪は再会できるそうです)

いやぁ、恋する深雪ちゃんが突っ走りました。浜松小屋の段で、浅香が「エヽコレ申し、聞こえませぬぞえ深雪様。家出なされしその時も、一言明かして下さつたら、仕様模様もあらうもの。」という語りがあるのですが、そうそれ!そこ!と突っ込んでしまいました。

今回、特に印象に残ったのは、浜松小屋の段で、深雪を見つけた浅香が登場する場面です。ゆっくりとした調子で「あら尊と導き給へ観音寺、遠き国より遥々と、乳人浅香は浅からぬ嘆きも身にぞ笈摺の、深雪の行方尋ねんと、思ひ立つたる順礼も、辛苦憂き身のやつれ笠、露のやどりも取りかねて、杖を力に歩み寄り・・」
と語られるのですが、じんわりと引き込まれていく感覚がありました。太夫は豊竹呂勢太夫さん、三味線は鶴澤清治さんです。人形は、浅香が吉田和生さん、この段の深雪は吉田蓑助さんです。

また嶋田宿笑い薬の段の三味線にも興味津々でした。奥の太夫は豊竹咲太夫さん、三味線は鶴澤燕三さんです。祐仙が茶釜の中にしびれ薬を入れて悪だくみを決行しているときに、なんとも不穏な三味線の表現があるのですが、その後、徳右衛門がそれをまたひっくり返して笑い薬を入れているときには、「祐仙の上手をいってる感」が三味線で表現されているように感じました。この情景表現がとても面白くて聴き入ってしまいました。

色々な見どころ、聴きどころがあり、今回も楽しませていただきました。ありがとうございました!

<公式サイトへのリンク>
国立劇場 2017年9月文楽公演

2017年9月 国立劇場 文楽公演|玉藻前曦袂

国立劇場 第二〇〇回文楽公演 平成二十九年九月(9月2日~18日)

<第二部>
玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)
 清水寺の段〈約21分〉
 道春館の段〈約1時間22分〉※終了後、休憩30分
 神泉苑の段〈約34分〉
 廊下の段〈約18分〉※終了後、休憩10分
 訴訟の段〈約23分〉
 祈りの段〈約30分〉※終了後、休憩10分
 化粧殺生石〈約25分〉

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国立劇場の案内ちらしをお借りしました
玉藻前曦袂」(撮影:青木信二)

 
休憩を含めて5時間近い公演でしたが、ほろっとさせる場面や、人形を遣う文楽ならではの「おおっ!」という見せ場もたくさんあり、目いっぱい楽しんできました。

前半で印象的だったのは道春館の段です。主な登場人物は、藤原道春(故人)の妻である「萩の方」、夫婦が清水寺を参拝した際に拾い今まで育てきた「桂姫」、実の娘である妹の「初花姫」、そして実は桂姫の父親で、薄雲皇子(←謀反を企み中)の家来となっている「鷲塚金藤次」です。

薄雲皇子の理不尽な要求により、桂姫の首を差し出すように金藤次が萩の方に迫りますが、神から授かった桂姫は討てない、初花姫を身代りにしたい、それが無理なら、双六で勝負して負けた方の首を討つというのはどうかと持ちかけます。

それを聞いていた姉妹は、覚悟の白装束で現れます。そして桂姫は、死ぬ前に産みの父上母様の顔を一目見たかったと語ります。(その時の金藤次の様子に注目です)
姉妹は双六を始め、お互いに勝ちを譲り合うのですが、最終的に桂姫が勝ちます。ところが、金藤次は桂姫の首を打ち取りました。

怒った萩の方と、隠れていた安倍采女之助が金藤次を切りつけとどめを刺そうとしたところ、金藤次は桂姫が自分の娘であることを明かします。そして実の娘と同じように育ててくれた萩の方への恩義、薄雲皇子に仕える事への複雑な思い、そして桂姫が父上に会いたいと言ってくれたときに言い出せなかった苦しい胸の内を切々と語ります。語りは竹本千歳太夫さん、三味線は豊澤富助さんです。

「コリヤ娘。父(てて)ぢやわやい/\、父ぢや/\父ぢや/\わやい。なぜもの言うてはくれぬ」
「今際になつて二親を焦がれ慕うた心根がいぢらしいやら不便なやら、その時名乗るは易けれども、恩義の二字に絡まれてぢつと堪ゆる辛抱は、熱鉄を飲む心地ぞや。焼野の雉子夜の鶴、子を憐れまぬはなきと聞く。あたら蕾を胴欲に首討ち落とし手柄顔。むごい親ぢやと冥途から恨みん事の可愛や」
と、金藤次は桂姫の首を手に男泣きします。

そして荻の方も「一樹の陰の雨宿り一河の流れを汲む人も、深い縁と聞くものを藁の上から育て上げ、手塩にかけた親ぢやもの、可愛うなうて何とせう、十七年の春秋が一期の夢であつたか」と涙ながらに語ります。ここで自分も思わずじわっときてしまいました。いま書いていても思い出します。この後、初花姫に入内の吉報が届くのですが、「桂姫の首は薄雲皇子に差し出されるけれど、そのあと金藤次と親子一緒のお墓に入れたんかな」と考えたりして、親子の情愛の余韻を残してこの段は終了します。

続いて後半です。神泉苑の段の冒頭で「玉藻前」と名前を改めて入代した初花姫に妖狐が襲い掛かり、のりうつります。妖しい狐と書いて妖狐(ようこ)です。本朝廿四孝には白い狐が出てきますが、玉藻前曦袂は金色に輝く九尾の狐です。ササッ、ササッと素早く動き回った後、動きを止めてこちらを睨みつけます。妖狐を遣うのは桐竹勘十郎さんです。

妖狐は日本を魔界にしようと企んでいて、謀反を画策する薄雲皇子と手を組みます。しかし、陰陽師の安倍泰成にその正体を暴かれ、その企てを果たすことはできず、那須野が原に飛び立ち「殺生石」となります。さまざまな姿に化けて、人々を悩ませるのですが、ここで勘十郎さんが遣う人形が次々と早替わりする「七化け」が披露されます。これはすごかったな~。太夫は豊竹咲甫太夫さんをはじめ5人、三味線も鶴澤藤蔵さんをはじめ5人、計10人が床に並び、三味線の連弾は迫力があり、高まっていく感がありました。

七化けが終盤に近づいた頃には、割れんばかりの拍手が鳴りやみませんでした。ひょっとしてスタンディングオベーションになるんちゃうかとも思いましたが、いつものように幕がシャーッと閉じて終わりました。

後半は話をだいぶ端折りましたが、訴訟の段で、薄雲皇子が気に入って連れ帰った傾城の亀菊がめちゃめちゃなお裁きをする場面も面白かったです。宰相が貸した金を返してくれないと訴えるお局に対して、「お前もよい年をしてチト嗜みなませ、人に貸したお銭を戻せというやうな無理な事があるものかいナ・・」と言い放ちます。「よい年をして」というところが妙にリアルな言いぐさで笑ってしまいました。

いや~、今回もええ体験をさせてもらいました。ありがとうございました!

<公式サイトへのリンク>
国立劇場 2017年9月文楽公演

2017年8月 奈良美智 for better or worse|豊田市美術館

奈良美智 for better or worse 2017年7月15日~9月24日 豊田市美術館

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豊田市美術館で、奈良美智さんの展覧会なんて、最高やないか!」とずっと楽しみにしていたのですが、念願成就で行ってきました。
新幹線に乗ってビューンと名古屋まで行き、そこから名鉄(あるいは地下鉄)に乗り継いで豊田市駅には約1時間ほどで到着します。駅からの徒歩ルートは、美術館まで誘導するサインが至るところに設けられていて(これは有名ですね!)、迷わず歩いていけます。美術館の公式案内では駅から徒歩15分となっていますが、小高い丘の上にあり、最後に坂を上るのでもう少しかかる人もいるかもしれません。

豊田市美術館は、私の大好きな美術館の一つで、竣工は1995年、設計は谷口吉生さんです。上の写真は駅からの徒歩ルートで向かうと、坂を上りきったところに現れるエントランスです。駐車場側からアプローチするメインのエントランスコートは別にあり、裏側になるのですが、グリーンのスレートの静かな佇まいのこちらのエントランスも良いのです。

奈良美智さんの展覧会は、2012年の横浜美術館の「奈良美智:君や僕にちょっと似ている」以来でした。(その時に見た「春少女」、「ブランキー」とも再会できました)
今回の展覧会は、いくつかの展示室に分かれていて、この美術館の特徴でもある垂直・水平移動をしながら回廊をめぐるように鑑賞していきます。ゆるやかな時系列で作品が展示されていて、各展示室に章立てやテーマの名称が付いているわけではないのですが、展示室ごとに、展示壁の高さや色、作品の数、作品を展示する位置や高さ、照明の具合など、それぞれの作品を見るためにふさわしい空間が設えられていました。これほど心地よく作品を見て、感じることができる展覧会はあまりないのではと思いました。

特に「ハートに火をつけて」、「M.I.A.」、「Missing in Action-Girl Meets Boy-」、「TwinsⅠ」、「Twins Ⅱ」のある展示室にはずいぶんと長い間いたように思います。最後まで見てから、またここに戻ってきたりして。今回の展覧会で一番好きになったこの「M.I.A.」の女の子は少し視線をずらしているのですが、その目にじーんときて、その向かい側で少し高い位置に並んでいる「Twins Ⅰ」と「Twins Ⅱ」はこちらをまっすぐ見つめていて、この場を立ち去りがたい、離れがたいと感じました。ここは別の展示室からうすーく音楽が聴こえてくるのでそれも良かったな~。

うーん、行けて良かったです!2017年9月24日まで開催されているので、ぜひ訪れてみてください。

<公式サイトへのリンク>
奈良美智 for better or worse 豊田市美術館