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かっちゃんの日記

 -見て、聴いて、楽しかったこと、嬉しかったことの覚え書きです

4月 国立能楽堂 普及公演|膏薬煉・野守

狂言

国立能楽堂 四月 普及公演(2017年4月8日)
・解説・能楽あんない|野守の鏡は何をうつす?-「野守」の説話的背景-田中貴子(約30分)
狂言大蔵流】|膏薬煉(約25分)※終了後、休憩20分
・能【観世流】|野守 白頭(約60分)

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国立能楽堂の案内ちらしをお借りしました。
 白地青海波網桜花模様肩衣(江戸時代・十八~十九世紀・国立能楽堂蔵)

まず狂言は「膏薬煉」です。膏薬とは塗り薬のことで、鎌倉の膏薬煉と京都の膏薬煉が、お互いに自分のところの膏薬の方が効き目がすごいと競い合うお話です。
「うちの膏薬は馬を吸い寄せた!」、「いやいやうちは大きな石を吸い寄せた!」という逸話の披露から始まり、続いて「うちの膏薬の材料には、石のはらわたや木になる蛤を使っている!」、「いやいやうちは地を走る雷、雪の黒焼きを使っている!」とありもしない材料を自慢し合います。ここの材料は流派によって出てくるものが違うそうです。しかし雪の黒焼きて。
最後はお互いの薬を塗った紙を鼻に貼り付けて、「吸えー」、「吸われはせぬ」と吸い比べが始まり、ねじ寄せ、しゃくり寄せという技(?)も繰り出されます。所狭しと行ったり来たりの掛け合いが、理屈抜きにわかりやすく楽しめるお話でした。

続いてお能は「野守」です。舞台は奈良の春日野で、旅の途中の山伏が池の前で野守の老人と出会い、池の名前を尋ねます。老人は自分のような野守が朝夕と姿を映していることから野守の鏡と呼ばれているけれど、昔この野に住んでいた鬼神が昼は人の姿で野を守り、夜は鬼となって塚に住んでいて、その鬼神が持っている鏡こそが真の野守の鏡なのだと語ります。加えて、その昔、狩りをしていて鷹を見失った天皇が野守に出合い、鷹はそこにいますよと池の底に映った鷹を教えられ、見上げると木の上に留まる鷹を見つけたという逸話を語ります。興味を持った山伏は真の野守の鏡が見たいと言いますが、野守は塚の中に姿を消してしまいます。

このあとアイの男が現れて、野守の鏡の逸話を山伏に教え、その老人は鬼神なのではないかと話します。山伏がお経を唱えると、塚の中から真の「野守の鏡」を持った鬼神が姿を現します。鬼神は祈祷を続けてほしいと言い、力強い動きをもって、天界や地獄の様子を映し出した後、「すはや地獄に帰るぞとて、大地をかつぱと、踏み鳴らし、大地をかつぱと、踏み破つて、奈落の底にぞ、入りにける」と戻っていきます。

このお能は私も含めて初心者にはとてもわかりやすいと思いました。鏡をモチーフとした話の筋は明解で、前場後場は対照的で緩急があります。またアイの語りも前場の詞章をなぞるような内容で理解しやすく、全体を通して話が頭にすっと入ってきて、謡や動きに集中することができました。最後に鬼神がトンと軽く飛び上がって、そのままどかっと床に座ることで、奈落の底、地獄に戻っていくというシーンが印象に残りました。

冒頭の解説で、田中貴子さんによる、野守の鏡にまつわる和歌や書物の紹介や、奈良の春日野に関するお話がありました。物語の背景や伏線、また舞台となる土地について知ることで、鑑賞の理解が深まり、また目に心に浮かぶ光景に奥行きが出る感じがしました。久々に奈良に行ってみたいな~。

<メモ>
国立能楽堂の収蔵資料展が開催中で、前期(4月8日~30日)は狂言資料展でした。上記のちらしのモチーフとなっている「白地青海波網桜花模様肩衣」も見ることができて嬉しかったです。実物を見ると目の粗い布地なのですが、ちらしに展開するときは、適切な加工が施されていることにも改めて気づきました。どこまで加工して、どこを切り取るかということは、毎号工夫されてるんやろな~。後期(5月2日~25日)は能面・能装束展とのことでこちらも楽しみです。

<公式サイトへのリンク>
2017年4月普及公演 膏薬煉・野守