かっちゃんの日記

 -見て、聴いて、楽しかったこと、嬉しかったことの覚え書きです

2017年9月 国立劇場 文楽公演|生写朝顔話

国立劇場 第二〇〇回文楽公演 平成二十九年九月(9月2日~18日)

<第一部>
・生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)
 宇治川蛍狩りの段〈約32分〉
 明石浦船別れの段〈約19分〉※終了後、休憩30分
 浜松小屋の段〈約48分〉※終了後、休憩10分
 嶋田宿笑い薬の段〈約52分〉
 宿屋の段〈約46分〉
 大井川の段〈約20分〉

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国立劇場の案内ちらしをお借りしました
「生写朝顔話」(撮影:青木信二)

今月は文楽に2回行くことができました。嬉しい。また頑張って働こう。
あらすじを簡単に覚え書きします。

宇治川蛍狩りの段><明石浦船別れの段>
主人公は大内家の家臣である宮城阿曾次郎と、芸州岸戸の家老である秋月弓之助の娘、深雪です。京都の宇治川で阿曾次郎が詠んだ歌の短冊が風にのってひらりひらりと深雪のいる船に舞い込みます。(この風はいい仕事をした)二人は出会い、恋に落ちますが、急に阿曾次郎が鎌倉へ下ることになったり、深雪が家族と共に国許に戻ることになったりとすれ違いが続きます。途中、明石の浦で再会し、一緒に行こうという話になるのですが、急に風が吹き出して、お互いが乗る船は離れ離れになってしまいます。(この風はいけず)

<浜松小屋の段>
その後、深雪は阿曾次郎を追って家出をし、苦労の末、目が見えなくなり、いまは浜松の街道で三味線を弾きながら粗末な暮らをしています。そこへ、深雪を捜している乳母の浅香が通りがかり声をかけますが、深雪は落ちぶれてしまった自分を恥じて名乗り出ず、あなたが探している人は、川へ身を投げたそうですよと嘘を言って、小屋へ戻ってしまいます。浅香は嘆き悲しんで、深雪の母が亡くなったこと、位牌に顔を合わせにきてほしいと遺言されたことを一人語った後、「何か心に頷きて」木陰に姿を隠します。それを聞いた深雪はたまらず小屋から出て、「コレイノコレ浅香。今言うたは皆偽り。尋ぬる深雪はわしぢゃわいの。・・」と言ってわっと泣き出します。そこへ浅香が駆け寄って、二人は再会を果たします。しかし浅香は人買いと切り合いになり命を落としてしまいます(全体を通して、ここで浅香が切られるのがいちばん理不尽やと思いました。)

<嶋田宿笑い薬の段>
阿曾次郎は家督を継いで、駒沢次郎左衛門と名を替え、岩代多喜太とともに嶋田宿の戎屋に滞在しています。実は岩代は、お家乗っ取りを企む一味の一人で、その企みを邪魔する駒沢を亡き者にしようとしています。そして岩代の旧知である(怪しげな)医者、萩の祐仙と組んで、お茶にしびれ薬を混ぜて駒沢に飲ませようと計画します。しかし戎屋の主人である徳右衛門がそれに気づき、祐仙がしびれ薬を入れた茶釜の湯を捨てて、替わりに笑い薬を入れます。

岩代は、祐仙が点てたお茶を駒沢に勧めますが、徳右衛門は宿でお出しするものは毒見が必要だと言います。そこで祐仙がしびれ薬の解毒剤をこっそり飲んだ後に、自分の点てたお茶を飲むのですが、笑いが止まらなくなり、この計画は見事に失敗に終わります。

<宿屋の段>
部屋に戻った駒沢は、かつて自分が深雪に詠んだ朝顔の歌が衝立に書かれているのに気づきます。徳右衛門に尋ねたところ、朝顔という盲目の女(実は深雪)を知るところとなり、呼び寄せることにしました。二人は同じ場所にいるのですが、駒沢は連れの岩代の手前打ち明けられず、深雪は目が見えなくなっているため、お互いを確かめ合うことができません。その後、宿を出た駒沢が託した扇、目の薬、お金を徳右衛門から受け取った深雪は、駒沢が阿曾次郎であることに気づき動揺します。そして制止されるのも聞かずに、雨の中を駒沢を追って飛び出します。

<大井川の段>
深雪はなんとか大井川にたどり着きますが、駒沢は川の向こう岸に渡った後で、しかも雨が激しくなりもう船は出ません。絶望して川に身を投げようとする深雪を、後を追ってきた奴の関助と徳右衛門が制止します。関助は浅香が夢枕に立って、深雪の居場所を教えてくれたこと、また深雪は浅香が死ぬ時に守り刀を託されたことをお互いに話したところ、突然、徳右衛門がその守り刀で自分の腹を刺します。驚く二人に、徳右衛門は、自分がかつて深雪の父、秋月弓之助に窮地を救ってもらったこと、浅香が自分の娘であることを告げ、縁あって親と同じく秋月家に仕えることになった浅香がその忠義を果たしたことを「でかしをつたな」と称えます。そして駒沢から託された目の薬と、甲子の年の生まれである自分の血を一緒に飲むと目が治るいうと駒沢の言付けを伝え、それを飲んだ深雪の目がたちまち開き、徳右衛門の忠義に深雪が涙するところで話は終わります。(その後、駒沢と深雪は再会できるそうです)

いやぁ、恋する深雪ちゃんが突っ走りました。浜松小屋の段で、浅香が「エヽコレ申し、聞こえませぬぞえ深雪様。家出なされしその時も、一言明かして下さつたら、仕様模様もあらうもの。」という語りがあるのですが、そうそれ!そこ!と突っ込んでしまいました。

今回、特に印象に残ったのは、浜松小屋の段で、深雪を見つけた浅香が登場する場面です。ゆっくりとした調子で「あら尊と導き給へ観音寺、遠き国より遥々と、乳人浅香は浅からぬ嘆きも身にぞ笈摺の、深雪の行方尋ねんと、思ひ立つたる順礼も、辛苦憂き身のやつれ笠、露のやどりも取りかねて、杖を力に歩み寄り・・」
と語られるのですが、じんわりと引き込まれていく感覚がありました。太夫は豊竹呂勢太夫さん、三味線は鶴澤清治さんです。人形は、浅香が吉田和生さん、この段の深雪は吉田蓑助さんです。

また嶋田宿笑い薬の段の三味線にも興味津々でした。奥の太夫は豊竹咲太夫さん、三味線は鶴澤燕三さんです。祐仙が茶釜の中にしびれ薬を入れて悪だくみを決行しているときに、なんとも不穏な三味線の表現があるのですが、その後、徳右衛門がそれをまたひっくり返して笑い薬を入れているときには、「祐仙の上手をいってる感」が三味線で表現されているように感じました。この情景表現がとても面白くて聴き入ってしまいました。

色々な見どころ、聴きどころがあり、今回も楽しませていただきました。ありがとうございました!

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国立劇場 2017年9月文楽公演

2017年9月 国立劇場 文楽公演|玉藻前曦袂

国立劇場 第二〇〇回文楽公演 平成二十九年九月(9月2日~18日)

<第二部>
玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)
 清水寺の段〈約21分〉
 道春館の段〈約1時間22分〉※終了後、休憩30分
 神泉苑の段〈約34分〉
 廊下の段〈約18分〉※終了後、休憩10分
 訴訟の段〈約23分〉
 祈りの段〈約30分〉※終了後、休憩10分
 化粧殺生石〈約25分〉

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国立劇場の案内ちらしをお借りしました
玉藻前曦袂」(撮影:青木信二)

 
休憩を含めて5時間近い公演でしたが、ほろっとさせる場面や、人形を遣う文楽ならではの「おおっ!」という見せ場もたくさんあり、目いっぱい楽しんできました。

前半で印象的だったのは道春館の段です。主な登場人物は、藤原道春(故人)の妻である「萩の方」、夫婦が清水寺を参拝した際に拾い今まで育てきた「桂姫」、実の娘である妹の「初花姫」、そして実は桂姫の父親で、薄雲皇子(←謀反を企み中)の家来となっている「鷲塚金藤次」です。

薄雲皇子の理不尽な要求により、桂姫の首を差し出すように金藤次が萩の方に迫りますが、神から授かった桂姫は討てない、初花姫を身代りにしたい、それが無理なら、双六で勝負して負けた方の首を討つというのはどうかと持ちかけます。

それを聞いていた姉妹は、覚悟の白装束で現れます。そして桂姫は、死ぬ前に産みの父上母様の顔を一目見たかったと語ります。(その時の金藤次の様子に注目です)
姉妹は双六を始め、お互いに勝ちを譲り合うのですが、最終的に桂姫が勝ちます。ところが、金藤次は桂姫の首を打ち取りました。

怒った萩の方と、隠れていた安倍采女之助が金藤次を切りつけとどめを刺そうとしたところ、金藤次は桂姫が自分の娘であることを明かします。そして実の娘と同じように育ててくれた萩の方への恩義、薄雲皇子に仕える事への複雑な思い、そして桂姫が父上に会いたいと言ってくれたときに言い出せなかった苦しい胸の内を切々と語ります。語りは竹本千歳太夫さん、三味線は豊澤富助さんです。

「コリヤ娘。父(てて)ぢやわやい/\、父ぢや/\父ぢや/\わやい。なぜもの言うてはくれぬ」
「今際になつて二親を焦がれ慕うた心根がいぢらしいやら不便なやら、その時名乗るは易けれども、恩義の二字に絡まれてぢつと堪ゆる辛抱は、熱鉄を飲む心地ぞや。焼野の雉子夜の鶴、子を憐れまぬはなきと聞く。あたら蕾を胴欲に首討ち落とし手柄顔。むごい親ぢやと冥途から恨みん事の可愛や」
と、金藤次は桂姫の首を手に男泣きします。

そして荻の方も「一樹の陰の雨宿り一河の流れを汲む人も、深い縁と聞くものを藁の上から育て上げ、手塩にかけた親ぢやもの、可愛うなうて何とせう、十七年の春秋が一期の夢であつたか」と涙ながらに語ります。ここで自分も思わずじわっときてしまいました。いま書いていても思い出します。この後、初花姫に入内の吉報が届くのですが、「桂姫の首は薄雲皇子に差し出されるけれど、そのあと金藤次と親子一緒のお墓に入れたんかな」と考えたりして、親子の情愛の余韻を残してこの段は終了します。

続いて後半です。神泉苑の段の冒頭で「玉藻前」と名前を改めて入代した初花姫に妖狐が襲い掛かり、のりうつります。妖しい狐と書いて妖狐(ようこ)です。本朝廿四孝には白い狐が出てきますが、玉藻前曦袂は金色に輝く九尾の狐です。ササッ、ササッと素早く動き回った後、動きを止めてこちらを睨みつけます。妖狐を遣うのは桐竹勘十郎さんです。

妖狐は日本を魔界にしようと企んでいて、謀反を画策する薄雲皇子と手を組みます。しかし、陰陽師の安倍泰成にその正体を暴かれ、その企てを果たすことはできず、那須野が原に飛び立ち「殺生石」となります。さまざまな姿に化けて、人々を悩ませるのですが、ここで勘十郎さんが遣う人形が次々と早替わりする「七化け」が披露されます。これはすごかったな~。太夫は豊竹咲甫太夫さんをはじめ5人、三味線も鶴澤藤蔵さんをはじめ5人、計10人が床に並び、三味線の連弾は迫力があり、高まっていく感がありました。

七化けが終盤に近づいた頃には、割れんばかりの拍手が鳴りやみませんでした。ひょっとしてスタンディングオベーションになるんちゃうかとも思いましたが、いつものように幕がシャーッと閉じて終わりました。

後半は話をだいぶ端折りましたが、訴訟の段で、薄雲皇子が気に入って連れ帰った傾城の亀菊がめちゃめちゃなお裁きをする場面も面白かったです。宰相が貸した金を返してくれないと訴えるお局に対して、「お前もよい年をしてチト嗜みなませ、人に貸したお銭を戻せというやうな無理な事があるものかいナ・・」と言い放ちます。「よい年をして」というところが妙にリアルな言いぐさで笑ってしまいました。

いや~、今回もええ体験をさせてもらいました。ありがとうございました!

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国立劇場 2017年9月文楽公演

2017年8月 奈良美智 for better or worse|豊田市美術館

奈良美智 for better or worse 2017年7月15日~9月24日 豊田市美術館

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豊田市美術館で、奈良美智さんの展覧会なんて、最高やないか!」とずっと楽しみにしていたのですが、念願成就で行ってきました。
新幹線に乗ってビューンと名古屋まで行き、そこから名鉄(あるいは地下鉄)に乗り継いで豊田市駅には約1時間ほどで到着します。駅からの徒歩ルートは、美術館まで誘導するサインが至るところに設けられていて(これは有名ですね!)、迷わず歩いていけます。美術館の公式案内では駅から徒歩15分となっていますが、小高い丘の上にあり、最後に坂を上るのでもう少しかかる人もいるかもしれません。

豊田市美術館は、私の大好きな美術館の一つで、竣工は1995年、設計は谷口吉生さんです。上の写真は駅からの徒歩ルートで向かうと、坂を上りきったところに現れるエントランスです。駐車場側からアプローチするメインのエントランスコートは別にあり、裏側になるのですが、グリーンのスレートの静かな佇まいのこちらのエントランスも良いのです。

奈良美智さんの展覧会は、2012年の横浜美術館の「奈良美智:君や僕にちょっと似ている」以来でした。(その時に見た「春少女」、「ブランキー」とも再会できました)
今回の展覧会は、いくつかの展示室に分かれていて、この美術館の特徴でもある垂直・水平移動をしながら回廊をめぐるように鑑賞していきます。ゆるやかな時系列で作品が展示されていて、各展示室に章立てやテーマの名称が付いているわけではないのですが、展示室ごとに、展示壁の高さや色、作品の数、作品を展示する位置や高さ、照明の具合など、それぞれの作品を見るためにふさわしい空間が設えられていました。これほど心地よく作品を見て、感じることができる展覧会はあまりないのではと思いました。

特に「ハートに火をつけて」、「M.I.A.」、「Missing in Action-Girl Meets Boy-」、「TwinsⅠ」、「Twins Ⅱ」のある展示室にはずいぶんと長い間いたように思います。最後まで見てから、またここに戻ってきたりして。今回の展覧会で一番好きになったこの「M.I.A.」の女の子は少し視線をずらしているのですが、その目にじーんときて、その向かい側で少し高い位置に並んでいる「Twins Ⅰ」と「Twins Ⅱ」はこちらをまっすぐ見つめていて、この場を立ち去りがたい、離れがたいと感じました。ここは別の展示室からうすーく音楽が聴こえてくるのでそれも良かったな~。

うーん、行けて良かったです!2017年9月24日まで開催されているので、ぜひ訪れてみてください。

<公式サイトへのリンク>
奈良美智 for better or worse 豊田市美術館

2017年7月 京都迎賓館

京都迎賓館(一般公開・ガイドツアー方式に参加)
【季節の特別展示】2017年7月2日~25日『夏の特別展示 ~屏風によるおもてなし~』

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昨年の2016年から一般公開が開始された京都迎賓館に行ってきました。試験公開を経て本公開となった後も、ガイドツアー方式、自由参観方式、英語でのガイドツアー、季節の特別展示など、色々な試みをされています。

※以下は2017年7月に見学した際の情報です。最新情報は京都迎賓館の公式サイトをご確認ください。

<申し込み>
私は初めてだったのでガイドツアー方式に参加することにしました。当日受付(先着で当日整理券配布)もできるのですが、希望の時間に確実に見学したかったので、事前にインターネットで申し込みをしておきました。希望者が多いと抽選になるそうなのですが、事前に「当選しました」のメールが届きましたので一安心です。

<受付>
西門の受付で当選メールのプリントアウトあるいはメール画面を提示します。そして地下スペースへと進み、セキュリティチェック、参観料の支払いをした後、荷物をロッカーに預けます。当選メールに記載されていた注意書きには、館内に持ち込み可能な手荷物は1人1つで、サイズは25cm×25cm×10cmまでとありました。貴重品を持って入りたい人は、小さめのバッグを用意された方がよいと思います。その後は開始時間までトイレに行ったり、水分補給をして待機します。

<見学>
事前の注意事項の説明を受けた後、ガイドさんに引率されて地上に出て、建物の入口でスリッパに履き替えます。そして、正面玄関から、聚楽の間、夕映の間、藤の間、桐の間と進み、廊橋から庭園を眺めて、最後の和舟まで約1時間で見学をします。各場所でガイドさんから見どころの説明があった後、お写真どうぞと少し時間を取ってくださいます。(フラッシュ撮影、三脚・自撮り棒の使用禁止などルールはあります)ガイドツアーでしか公開しないというちょっとしたスペースもありました。

<メモ>
西門の受付から待機場所の地下スペースへの移動、そこから再び地上への移動は広いスロープを利用します。建物内もほとんど段差はなかったように思います。数に限りはありますが車椅子の貸し出しもされているそうです。途中で数か所、椅子が設けてあり、今回はガイドツアーなので長くは休憩できませんが、ちょっと腰かけることもできました。
なお、御所の敷地に入ってから京都迎賓館にたどりつくまでは砂利道で、慣れないと意外に時間がかかるので、少し時間に余裕がある方が安心です。そういえば以前に同じ御所内にある仙洞御所を見学したときに、時間ギリギリの到着になってしまい、砂利道をこけそうになりながら全力疾走したことを思い出しました・・。


歴史ある寺社仏閣が数多く存在する京都の中で、京都迎賓館は2005年に開館した新しい建物ですが、現代に生きる和の建築や、伝統的な技能や名工の技を間近で見ることができ、貴重な体験ができる場所でした。お客さまをもてなすために必要なことが考え抜かれて、そこにあるものひとつひとつに意味がありました。今度は自由参観でお気に入りの場所をじっくり見にいこうかな~。

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■「藤の間」の壁面装飾の綴織り「麗花」(部分)※全体では縦3.1m、横16.6m。
39種類もの日本の花が織り込まれていて、これを眺めているだけでもあっという間に時間が経ってしまいます。主要モチーフとなっている藤の花言葉は「歓迎」。上の写真は季節のあじさいに寄ってみました!
下絵は日本画家の鹿見喜陌氏によるもので、制作は川島織物。

 

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■桐の間から見た庭園
桐の間は畳敷き(掘りごたつ式)の広間なので、客人の目線は写真よりもう少し低くなります。庇が深くて簾越しに見える庭園の緑もさわやか。
建物の設計は日建設計(設計監修は国土交通大臣官房官庁営繕部)

<公式サイトへのリンク>
京都迎賓館一般公開について : 迎賓館- 内閣府

2017年6月 国立能楽堂 普及公演|舟渡聟・半蔀

国立能楽堂 六月 普及公演(2017年6月10日)
・解説・能楽あんない|「半蔀」のドラマトゥルギー -夕顔巻からの反照-河添房江(約30分)
狂言和泉流】|舟渡聟(約40分)※終了後、休憩20分
・能【金剛流】|半蔀(約85分)

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国立能楽堂の案内ちらしをお借りしました。
 萌黄地卍唐花模様袷法被(江戸時代・十九世紀・国立能楽堂蔵)

今回は覚え書きのみです。半蔀の舞いが印象的でした。
資料展示室の展示は「入門展 能楽入門」でした。

<公式サイトへのリンク>
国立能楽堂 2017年6月普及公演

2017年5月 国立劇場 文楽公演|加賀見山旧錦絵

国立劇場 第一九九回文楽公演 平成二十九年五月(5月13日~29日)

<第二部>
・加賀見山旧錦絵
 筑摩川の段〈約12分〉
 又助住家の段〈約1時間21分〉※終了後、休憩30分
 草履打の段〈約33分〉※終了後、休憩10分
 廊下の段〈約25分〉
 長局の段〈約1時間5分〉
 奥庭の段〈約19分〉
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国立劇場の案内ちらしをお借りしました
「加賀見山旧錦絵」長局の段 中老尾上/召使お初(撮影:青木信二)

加賀見山旧錦絵
■主な登場人物
◎大殿・多賀大領
◎忠臣チーム:谷沢求馬←その家臣・鳥井又助|又助の妻・お大|又助の息子・又吉
       中老・尾上←その召使・お初
◎お家乗っ取り企てチーム:家老・蟹江一角|局・岩藤|伯父弾正

■あらすじ
<筑摩川の段>
雨で増水した筑摩川にて、又助は悪家老の望月源蔵に騙され、一角と思い込んで多賀大領を討ってしまいます。

<又助住家の段>
それから5年後。一角に騙されてお家の宝を紛失した求馬は浪人となっています。家臣の又助はその宝が質入れされているのを知り、村のお金を使って請け出してしまいます。それを知った妻のお大は自分が身を売ってそのお金を用立てることを決意し、涙ながらに息子と別れます。
その後、家老・安田庄司が又助と求馬の元を訪ね、筑摩川で又助が討ったのは一角ではなく多賀大領であったことがわかります。驚いた求馬は又助を打ちつけますが、それをかばった息子の又吉を、又助自らが討ち殺してしまいます。求馬は主人だけでなく肉親も殺すのかと又助に竹槍で突きかかります。又助は息も絶え絶えになりながら、源蔵に騙されて大領を討ってしまったことを話しますが、そこへ妻のお大が戻ってきて自分も一緒に死ぬと喉に刀を突き立てます。(又助一家が全員死んでしまった・・)
又助の行動は大領を討ってしまった自分を求馬に討たせることで、求馬に手柄を上げさせようと考えた故だったのですが、仔細を把握した庄司は、求馬に帰参を許した上で、又助たちに心残さず成仏せよと告げるのでした。

<草履打の段>
場面は変わり、鎌倉の鶴岡八幡宮、局・岩藤と中老・尾上が登場します。
岩藤はお家乗っ取りを記した密書を尾上に拾われてしまったため、なんとか尾上を屋敷から追い出そうと企てています。
岩藤は尾上が町人出身であることにかこつけて、武芸の心掛けがないと罵倒し、懐剣を抜いてあおり、砂だらけの自分の草履で 尾上を打ちつけます。尾上はじっと耐えて、けなげにも至らぬ自分の教訓としてこの草履をお守りにしますと言って、草履を胸に納めるのでした。

<廊下の段>
昨日の鶴岡八幡宮の一件は屋敷の中で噂になっていました。岩藤は、尾上の召使であるお初が言いふらしたと言いがかりをつけてお初を打ち叩きます。(暴力反対!)
そこへ伯父弾上がやってきて、岩藤とお家乗っ取りについて密談します。

<長局の段>
二人の密談をお初は聞いていましたが、証拠もないことで、主人に難儀をかけてはいけないと思い、戻ってきた尾上に対して、何もなかったかのような顔をして一生懸命にお世話をします。それとなく忠臣蔵の話を振り、短気な行動で身を滅ぼすようなことがないように、尾上に言い聞かせます。
しかし尾上は覚悟を決めていました。書置きと岩藤から屈辱を受けた草履を文箱に納めて、実家へ届けるようにお初に言います。尾上を一人にしたくなかったお初ですが、後ろ髪をひかれながら出ていきます。

実家へ向かう途中で胸騒ぎがしたお初は、文箱を開け、尾上の覚悟を知るところとなり、急いで館へ戻りますが、尾上は命を絶った後でした。尾上の懐剣、遺恨の草履を手に、復讐の決意を胸に、お初は奥御殿へと駆けていきます。(ここで場面転換がありますが、ずっとドキドキしていました)

奥庭の段>
奥御殿の庭で、岩藤が口封じのために忍びの当麻を切り殺したところに、お初が現れ、岩藤に詰め寄ります。
「とぼけさしやんな、岩藤殿。昨日鶴岡にての一部始終、それゆゑに自害して相果てたる主人の敵、そればかりでなし弾正殿と奥御殿で今朝の密談、まだその上に今の先、曲者を手にかけたる様子、何もかも知ってゐる、主人の敵お家の仇、サアサアサアサヽヽヽ覚悟覚悟」
「主人の恨み受け取れ」とお初は尾上が自害した懐剣で岩藤を打ち取ったのでした。(そして遺恨の草履で岩藤を打ちつけます。そうやね、それはやっとかなあかんね)

そこへ現れた家老・安田庄司にお初は尾上の書置きを渡します。企てを知った庄司は、お初の主人への忠節をたたえて中老・尾上の二代目に取り立てます。
「お初は有難涙、歩むも行くも夢の夢、主は消ゆれど名は朽ちぬ、忠臣義女の道広く、館を離れ出でて行く」

第二部の方もあらすじが長くなってしまいました。
長局の段の前半、お互いを思いやる尾上とお初のやり取りはしみじみとさせられます。(太夫は竹本千歳太夫さん、三味線は豊澤富助さん、尾上を遣うのは吉田和生さん、お初は桐竹勘十郎さんです)後半、復讐を決めたときからのお初の動きはキレキレで、もうなんともカッコいいのです。ハッ、タッ、はらりっ、シュタッ、バスッと効果音が聞こえるような感じです。

また草履打ちの段で、竹本津駒太夫さんが語られた岩藤も印象的でした。粘っこい語りで、岩藤の憎たらしいことこの上なしでした。
「・・・足袋も草履も砂まぶれになつたわいな、イヤナニ尾上殿え、何とこの草履の汚れたのを拭いて下さんせぬか」 くーーっ。
又助住家の段の奥で、又助と妻のお大が、息子の又吉の可愛さ、不憫さを語る場面もぐっときました。(太夫は豊竹呂勢太夫さん、三味線は竹澤宗助さん)

いやーっ、とても、とても見ごたえありました。話が進むにつれて気持ちが引き込まれ、ドキドキ感は右肩上がりのグラフを描いたまま最後まで突っ走り、終わった後は爽快感がありました。ええもん見せてもらったという気持ちでいっぱいです。ありがとうございました!

<メモ>
プログラムの解説によると、筑摩川・又助住家と、草履打・廊下・長局・奥庭は、元々は別の作品だったものを組み合わせて上演するようになったそうです。へーっ。どちらも最後に家老・安田庄司が登場して、事情を察して良きに計らうところは、そういうことも関係しているのかな?もちょっと勉強してみたいなと思いました。

<公式サイトへのリンク>
国立劇場 2017年5月文楽公演

2017年5月 国立劇場 文楽公演|寿柱立万歳・菅原伝授手習鑑

国立劇場 第一九九回文楽公演 平成二十九年五月(5月13日~29日)

<第一部>
・寿柱立万歳〈約16分〉※終了後、休憩10分
・菅原伝授手習鑑
  茶筅酒の段〈約38分〉
  喧嘩の段〈約15分〉
  訴訟の段〈約18分〉
  桜丸切腹の段〈約36分〉※終了後、休憩30分
 豊竹英太夫改め六代豊竹呂太夫 襲名披露 口上〈約10分〉※終了後、休憩15分
  寺入りの段〈約13分〉
  襲名披露狂言 寺子屋の段〈約1時間9分〉

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国立劇場の案内ちらしをお借りしました
 「菅原伝授手習鑑」松王丸(撮影:青木信二)

覚え書きがすっかり遅くなってしまいましたが、久しぶりの文楽です。嬉しい!
第一部は、六代 豊竹呂太夫さんの襲名披露狂言ということもあってか、発売早々に満席になりましたが、公演期間が始まる少し前に、平日を中心に空席が出ましたね。 別の用事で休む予定だった平日に運よくチケットを取ることができました。前にも書きましたが、この「戻り」がどういう仕組みになってるのかわからないのですが、粘り強く頑張ろう。

<第一部>菅原伝授手習鑑
■主な登場人物
・梅王丸:右大臣 菅丞相(菅原道真)に仕える|春:梅王丸の妻
・松王丸:左大臣 藤原時平に仕える|千代:松王丸の妻|小太郎:二人の息子
・桜丸:斎世親王に仕える|八重:桜丸の妻
・四郎九郎改め白太夫:三つ子の梅王丸・松王丸・桜丸の父親。菅丞相の下屋敷で隠居

■あらすじ
桜丸と八重が取り持った斎世親王と菅丞相の養女の密会がきっかけで、菅丞相は政敵である藤原時平に陥れられ流罪になってしまいます。菅丞相の息子の管秀才は寺子屋の主人・武部源蔵と戸浪夫妻に匿われました。それぞれの主の関係性が崩れたことで、三つ子同志の関係性も非常に難しくなっているという背景があります。

茶筅酒の段】
そんな中、四郎九郎は70歳の誕生日に名を白太夫と改めることになり、お祝いに三つ子の妻たちがまず集まります。夫たちが到着しないため、庭にある梅・松・桜を三つ子に見立てて祝いの儀を取り行い、その後、白太夫は八重と一緒に氏神様へと出かけます。

【喧嘩の段】
梅王丸と松王丸が姿を見せますが、喧嘩になり、庭の桜を折ってしまいます。

【訴訟の段】
戻ってきた白太夫に、梅王丸は主である菅丞相の元へ行くことを訴えますが、却下されてしまいます。一方、松王丸は自分の主である時平が、父親や兄弟の主である菅丞相と敵対しているという複雑な立場に置かれており、勘当を申し出ますが、この訴えは聞き入れられました。

【桜丸切腹の段】
そこへ桜丸が現れ、菅丞相の流罪のきっかけを作ってしまったことの責任を取り切腹すると話し、八重が引き止めます。しかし白太夫は桜の木が折れたことを引き合いに、これも運命であるとして切腹の準備を整え、桜丸は自ら命を絶ってしまいます。

【寺入りの段】
舞台は菅丞相の息子である管秀才を匿う武部源蔵の寺子屋に変わります。留守を預かる妻の戸浪の元に、母親に連れられ小太郎という子が入門にやってきますが、母親は用を済ませてくると立ち去ります。

寺子屋の段】
源蔵が寺子屋に戻ってきますが、時平の家来である春藤玄蕃から、管秀才の首を渡すように言われ困り果てていたところ、入門した小太郎を見つけて、身代りにすることを思い付きます。そこへ玄蕃と首の検分役の松王丸が現れます。源蔵は奥の間で小太郎の首を討ち、松王丸に差し出したところ、管秀才のもので間違いないとして二人は立ち去ります。
その後、小太郎の母親が戻ってきます。源蔵は仔細を知られまいと切りかかりますが、母親は小太郎は身代わりとして役に立ったかと話し、そこへ松王丸も姿を見せます。実は小太郎は松王丸と母親つまり千代の息子で、菅丞相の恩に報いるために、小太郎を身代りにすべく入門させたことを源蔵に告げます。自らが置かれた状況を承知し、逃げ隠れせず潔く自分の首を差し出した小太郎。松王丸と千代は白装束となって、小太郎の野辺送りをするところで終わります。

おおっ、思いのほか、長くなってしまいました。
この時代の道理というのは、いつも本当に理解しがたいのですが、けなげに道をまっとうする人たちに心を持っていかれます。このお話では、特に松王丸と千代の息子である小太郎が管秀才の身代わりとなって最後を遂げる場面がまさにそれでした。
「アヽイヤ若君管秀才の御身代わりと言ひ聞かしたれば、潔う首差し延べ」
「アノ逃げ隠れも致さずにナ」
「につこりと笑うて」
というくだりは、けなげで、けなげで。7歳の子供が自分の置かれている状況をまるっと理解して、にっこり笑うなんて。そしてお母さんのお千代さんの心情はいかばかりかと考えるとうるっときます。
最後は小太郎を送る、
「・・・いろは書く子を敢へなくも、散りぬる命、是非もなや。明日の夜誰か添へ乳せん。らむ憂ゐ目見る親心、剣と死出のやまけ越え、あさき夢見し心地して、跡は門火に酔ひもせず、京は故郷と立ち別れ、鳥辺野指して連れ帰る」
という重々しくも流れるような「いろは送り」に、心と身体が揺られるのを感じながら幕が閉じられたのでした。

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国立劇場 2017年5月文楽公演